近視矯正手術、LASIK、PRK、WavefrontLASIK(ウェーブフロントレーシック)、オルソケラトロジー、コンタクトレンズ、目に関するご相談は新城眼科医院・新城眼科分院へ
SHINJO EYE CLINIC
contents
眼のしくみ
LASIKの歴史と意味
LASIKの器械装置
手術までの手順
手術の適応・検査・
術後
LASIKの手術
WavefrontLASIK
の手術
PRKの手術
Epi-LASIKの手術
各手術の違い
手術費用について
手術体験談
手術成績
Q&A
ドクター紹介
お問い合わせ
トップページ
手術体験談
術後6年目を迎えて(PRK手術)

私は2005年5月にPRKを受けました。今年6年目を迎え、年1回の定期健診を無事終えたところです。

私は、コンタクトを長時間していると充血してしまう為、仕事の間だけコンタクト、帰宅するとすぐに眼鏡に変える生活を送っており、とても不便に感じていました。もともとそういった手術があることは知っていたので知人や職場での手術体験者に話を聞くたびに興味を持ったし、みんなにすすめられていました。ただ、私の住む市内には手術が受けられる病院がなく、知人たちが受けていた新城眼科までも車で2時間以上かかる為、なかなか踏み切れずにいました。でもやるなら早く受けて早く快適な生活が送りたいと思い、受ける決心をしました。

PRKは、他の術式と比べ痛みを伴うという説明に少し不安を感じていました。手術自体は短時間で終了し、思っていたより簡単だったという感想です。しかし、説明どおり手術当日の夜は強い痛みがあって眼が開けられないし、涙がたくさん出てくるしで大変でした。「眼が痛い」という経験はなかなかないのできつかったですが、処方された痛み止めで痛みも楽になりました。

術後数日は軽い痛みもありましたが、生活は普段通りできました。

6年たった今、手術に対する思い出は「術後痛かった・・・」というのは残っていますが、それ以上に見えるようになった事やコンタクトや眼鏡がいらない快適な生活が送れることの喜びのほうが大きく、今では手術を受けてよかったと思っています。

(39歳 女性)

上へもどる


この手術、私が今までした買い物(?)の中で一番満足のいくものでした。(PRK手術)

私が手術をうけたのは秋も深まった11月の事でした。
手術をするきっかけになったのは、女房から視力矯正の手術があるといわれ、眼鏡も丁度買い換えの時期に来ており、まあ眼鏡を買い換えるつもりでとそんな軽いのりでした。

しかし、そんな軽いのりで申し込んだものの、検査の段階ですでに挫折しそうになっていました。
というのも、私は目に触るのが怖くて、その為にコンタクトも出来ない様な臆病者だったからです。
あの眼圧を測る機械(だったと思う)では何度も失敗し、看護婦さんには多大なご迷惑をお掛けしました。
(この場をかりてお詫びします。でも今でも苦手です。)

さらには先生から麻酔をかけ、直に器具で目に触れるというのは私を恐怖の虜にしました。
そんなこんなで、病院のかたがたに迷惑をかけながらなんとか検査も終わり、手術当日になりました。

手術当日、術後しばらく頭を洗えないという事なので念入りに2回程洗髪をしサラサラヘアーになり、ついでに歯も念入りに10分以上かけ洗いました。(あっ、歯は術後でも洗っていいみたいですよ)

手術室に入る前に、目の洗浄&麻酔をするということで、手術室前の準備室(?)に通されました。
そこには、つま先から頭の先まで真っ白な看護婦さんが2人いて、目だけだしてたものですから、異様に光って見えました。
(別に他意はないですよ、正直に書けと言われたものですから)
その2人に椅子に座るよう指示されて言われるままに座ったら手と足のところから金具が出てきてしっかりと固定されてしまいました。

それから、やかんのような容器にたっぷりと薬をいれてきて、身動きできない私を嘲笑うかのように目にその薬をドボドボと注ぎました。
(一部脚色アリ)
用意万端整い、いざ手術室へ入ると中には、で〜んと白くて大きい機械が置いてあり、部屋には先程の準備室にいた2人と同じ格好をした人達が数人いました。

仮面ライダーの手術シーンを連想してしまい、”あー、これから私も改造されて・・・” などと、くだらない妄想にかられてワクワクしていると、手術用の椅子みたいなものに腰掛けるよう言われ、それに座ると機械を操作する音が聞こえ出しました。(この辺はスリルを味わえますな)
赤い光を見て目を動かさなければいいとの事でしたのでそれだけに意識を集中していました。受付の女性が手を握ってくれたのがとっても嬉しかったです。(変な意味でなく)

手術自体はものの数分で終わり、”あっこんなもんだったの”と拍子抜けしてしまいました。しかし、麻酔が効きすぎたのか歩けなくなり看護婦さんに肩を借りてソファまでつれていってもらい、そこで泥のように寝てしまいました。

まあ、その後は丸一日、目に特大のゴミが入ったような感じがして目を開けられなかったですが、その後は嘘のように異物感がなくなり、会社にも手術日をいれて2日ほど休んだだけで行けました。
しかし、術後貸し出されるエルゴノミクス調な眼鏡は横の方が見づらくて車を運転するにはちと怖かったです。
矯正後は物の見え方もまさに目から鱗が落ちたように全てがクリアーに見え、最高にスカッとしました。

(30歳 男性)

上へもどる


痛みをともなう構造改革!(PRK手術)

私が近視矯正術を受けようと決心したのはまさしくその瞬間でした。
たまたまコンタクトレンズが破れて受診した際のあのポスターがきっかけでした。
矯正術には以前から興味を持っていましたが、宮崎では施設がなかったのであきらめていました。

私の趣味はトライアスロンです。コンタクトレンズを使用してレースに挑んでいましたがスイムでは水の浸水に注意し、バイクに乗れば乾燥して飛ばないか、ランでは汗が目に入りコンタクトがずれないか。といつも集中できませんでした。
タイガーウッズは矯正後に成績が向上したことを知っていたので私が手術を決断するまでに、そう時間は要りませんでした。

手術を待つまで不安は少なく、むしろその日が待ち遠しいぐらいでした。
手術当日は、今日でコンタクトレンズや眼鏡とおさらばできるな。そう思いました。
毎朝、忙しい時にコンタクトを装着し、眠い時にはずすのがストレスになっていました。

手術前の目の洗浄では、やかんのような器から多量の生理食塩水?(眼科注釈:殺菌用のオゾン水です)を勢いよくかけられました。
目をしっかり開けてくださいと言われましたがちょっと無理があるかも。
その後は手術室内へ移動します。
手術台に横になった後、まぶたを固定しレーザー照射の準備をします。
赤い点滅を見つめます。
いよいよレーザーの照射に入ります。
カチカチという音と同時に目が焼けるような熱い感覚がありました。
麻酔をしているために痛みは全くありませんが、焼け焦げるような異臭がしました。
今は角膜を削っているな。と思いしっかり点滅を見つめます。
何度か繰り返しあっと言う間に手術終了でした。
まぶたを閉じると眼球が、かなり熱かったのを覚えています。
しばらく安静にした後、術後の点眼をします。
麻酔効果が薄れてくるとしだいに痛みが増幅し目を開けることができません。
涙は溢れ体全体がねじれるような痛みが目を襲います。

次の日も激痛は止まりません。
さすがに手術を後悔しかけました。
でもなんとかがんばって目を開けると時計が見えるんです!
はっきりではありませんが以前より見えます。
うれしさが痛みを紛らわします。
3日目からは痛みも治まり眼を開ける事ができます。
日に日に視力と痛みは回復し、一週間も経過するとよく見えて、痛みは完全に消えました。
夜間の車のライトがまぶしく感じられますが1ヶ月もすればなくなります。

今では術後3ヶ月を経過していますが、両眼0.04ぐらいだった視力が1.5で安定しています。
そのおかげで趣味のトライアスロンに集中でき、マラソン大会ではメダルを取るなどの好成績につながっています。手術を迷っている方は何が一番大切なことか。
自分自身に問いかけてみてください。
視力がよかったあの頃を思い出してください。
多少の痛みはあるかもしれませんが、そこから得られる充実感や今後の生活に与えるエネルギーは計り知れません。
私自身、後悔していることはひとつもありません。
これも主治医の先生方やそれを支える医療スタッフのチームワークのおかげです。
この場を借りて厚くお礼を申し上げます。

(26歳 男性)

上へもどる


二重、三重が全く無くなり、快適です。(PRK手術)

私は65才の男性で45年間、メガネをかけ目が見えにくくなると、メガネを買い替えてきましたが、今年、2月頃から日中、夕方の車の運転中等では、二重三重に見えるようになり、体の病気でないかと思いながら、3月に、新城眼科医院で受診した所、近視矯正の関係と分かり、視力が、メガネに合っていないことが分かりました。

そこで、現在エキシマレーザー近視矯正術と伝う、話を専門医の先生から聞き、思い切って、矯正手術を受けることにしました。

手術後、二ヶ月経過し、二重、三重が全く無くなり、近くから、遠くまで見え快適です。術前から、現在も担当医の先生、スタッフ、職員の親切なアドバイスが気に入り、家内も喜んで入るところですが、メガネとゆう面倒な道具が無くなり、これから、暑い季節がやってきます。顔の汗をふきふき、仕事、釣り、ゴルフ、その他を趣味としている皆さん、ぜひ、専門医院の話をお聞きになったらどうでしょう。

(65歳 男性)

上へもどる

受けようと思ったのは(LASIK手術)

以前から興味はあったけれど、身近に手術を受けた人がいなかった。
が、「うちの主人が受けたんですよ!」の話に耳が・・・
その時は、そういうのもアリかな?でも費用が高いだろうな〜
高校1年からコンタクトの生活が続いて、コンタクトのケアには随分悩まされた。
落としたり、傷をつけたり・・・眼球の裏にズレたと勘違いしたら、洗面所に落ちていたり、
一番最悪だったのは、実家で正月を楽しんでいた時の話
レンズ容器を忘れたので、おちょこ2つにそれぞれレンズを置いて寝た。
朝起きると、空になっているではないか・・・
「おちょこ洗ったの〜レンズが入ってたのに!!!」母に怒りをぶつけたら
「もしかして・・・それ、ばあちゃんが夜中に飲んだけど・・・」
お酒が入っていると思って、祖母が飲んだらしい。
それから、大便を新聞紙に広げて探す・・・と祖母が言い出したので
泣く泣く、レンズをあきらめ、楽しいはずの正月が最悪になった思いがある。
働けど働けど・・・生活が楽にならない原因の一つは、
眼鏡だ〜コンタクトだ〜保存液だ〜 クリーナーだ〜 金が、かかり過ぎ!
3年前、私の住んでいる上の階(4F)で火災があった。
「消火器を〜」という声に、慌ててコンタクトを入れて階段を駆け上がった。
残念なことに4Fは全焼だった。
目が見えないと災害時に「どうするんだろう・・・」
それから、将来は絶対手術をしようと決めた。

※つづきはこちらへどうぞ

上へもどる

視力矯正手術は、絶対おすすめ(LASIK手術)

中学の時から、視力が落ちだし、メガネの世話になり、成人を期にコンタクトレンズ…と、○年間。よく医者の方に“遠くを見なさい”とか、“夜空を見なさい”等と言われていましたが、星なんてコンタクトやメガネをはずしたら見えるもんじゃない!!と思っていました(笑)そうですよね、見えませんよね。

まぁ、メガネかコンタクトがあればこれからも大丈夫。なんて思っていたのですが、子供を出産する時に「コンタクトはずしてください」と言われて、自分の産んだ子供を「おめでとうございます。かわいい男の子ですよ」と言われても、よく見えないの…。それってすごいショック!でした。

そして年齢を重ねるにつれ、目に対しての不便さを考え出したんです。どれだけ生きるのかは別として、70、80代になった時、コンタクトをつけられる!?とか、メガネを2コ持たなくてはいけないの等、色々と考えているときに視力矯正手術という話を聞き、早速病院へ足を運んだ訳ですが…

私の場合、ハードコンタクトだったので3週間メガネの生活というので、少々考えたのですが、3週間なんて、あっという間と思い…
さすがに手術の前日は不安のかたまりで、何も手につきませんでした。手術もあっという間に終わり、直後ですでに0.4ぐらいにまでなっているではありませんか!?日が経つにつれ2.0まで回復。本当にすごいです。

今では子供と一緒に夜ベランダに出て星を眺めています。この前は流星群が来るというので、海辺に行って星を見てきました。裸眼で見る星にすごく感動。子供の寝顔も、遠くから眺めています。

目がいいということは、本当に素敵なことだとつくづく思う今日この頃です。(うそじゃありませんよ!本当に)

(32歳、女性)

上へもどる


手術してほんとうに良かった。(LASIK手術)

これが今の私の気持ちです。コンタクトをつけることで、3ヶ月に一度は結膜炎を起こし、メガネをかけると子供がいたずらするため、レイシックの話を聞いたときはすぐに飛びつきました。周りのものは反対もしましたが、先生のご説明を聞き、全く安心して手術に望みました。とはいっても、手術当日だけは正直言って不安でした。資料等にはレイシックの場合痛みはほとんどないと書いてありますが、実際は眼の洗浄と眼球を固定するときに、かなり痛みを感じました。レーザーそのものは何も感じませんでした。手術中は先生が常に声をかけて下さったので、大変心強かったです。

今思えばあっという間の手術だったと思うのですが、そのときは長く感じました。手術室に入っている時間は15分程度でした。その後3時間程度は痛みを感じたので、痛み止めを飲みました。それ以降は全く痛みを感じることはありませんでした。

私の場合は左目の手術から、1ヶ月後に右目の手術だったので、不具合を感じましたが、最初のときに片眼ずつ行ったため、両眼済んだ時は見たいときに何でも見え、眠たい時にすぐ眠れること(コンタクトの場合とる必要があるので)がこんなにも快適なんだと気持ちまですっきりしました。

術後のケアもしっかりしてくださるので、全く心配はないです。
今までの自分の眼がうそのように1.5まで両眼で見えます。視力が安定するのに、2〜3ヶ月はかかりましたが、ほんとうにうれしい限りです。手術後、しばらくは近くが見えにくい(老眼状態)ので、仕事をされている方は勝手が悪いと思いますが、一時的ですので心配ないです。是非この快適さを多くの人に味わってもらいたいと思います。

(34歳 女性)

上へもどる


ばら色の人生とは、このことを言うのでしょうか?(LASIK手術)

私は、中学生から近視になり、メガネとコンタクトを手放せない日々が29年間続きました。
2ヶ月前にレーシック手術のことを聞いて、まるで夢のような話でした。何の迷いもなく新城眼科の門をたたきました。

担当医は、29年間の苦情や悩みを快く聞いて下さり、線密な検査をして、レーシック手術をやりましょうと言って下さいました。手術後、今では何不自由もなく、まるで昔から目が良かったのではないかと錯覚してしまいます。

本当に幸せです。
パームビーチホテルの温泉から見える海の眺めの美しいこと、何度と行っているのですが、初めて感動しました。

手術の痛みも少なく、入院することもありません。
手術後のケアも安心です。きっと近視で悩んでいる人には、朗報だと思います。
新しく得た視力を大切にして、前向きに楽しい人生を送りたいです。

(42歳 女性)

上へもどる


私のレーシック手術体験(LASIK手術)

H14.3.15 私はレーシックの手術を受けました。
当時の家族構成は…
夫(32才):会社員
私(31才):小児科に勤務するナース(19年間メガネ・コンタクトレンズを使用)
長女(4才):保育園児
長男(1才):保育園児
夫の父:会社員
夫の母:会社員
パソコンが趣味のわが夫。その日もパソコンの前にどっかり座り込み、色々なHPを眺めていたようである。私は夕食の後片付けをしながら、
「まーたパソコンか。ちっと何か手伝ってくれてもいいのになぁ」
などと考えておりました。
すると―。
夫:手術で近視が治るげなよ
私:そんなの海外での話やろ。手術で近視が治るなら、100万でもだすネ。
夫:新城眼科でできるげな。
私:うそ!宮崎でできると!ちょっとそこどいて私が見てみる。
夫が何気なく開いた新城眼科のHP―。そのおかげで私の人生が大きく変わることになるのだった…。

H14.1.28 仕事の休日を利用して、早速新城眼科分院を受診。(その日は歯科に行く予定だったが、急用が…とキャンセルしてもらった。)
そのバチが当たったのか適性検査の一部が不合格となり、後日再度受診することに。

H14.2.4 いてもたってもいられず、勇んで受診。この日晴れて適性検査に合格し、手術の予約をし、レーシック手術の説明等を受ける。

その日の夜、いよいよ3月に手術を受けられることを家族に告白する。
夫の父と母:何日位入院するの?いくら位用意すればよいの(費用のこと)?失明の心配?
二人の子供たち:お母さん死ぬと?(とんでもない誤解)手術をすると命にかかわると思っている。
夫:オレに感謝しろ!と言わんばかりにいばっている。
と、とんでもないことを考えている家族たちに、
・入院の必要はないこと 
・費用のこと
・この手術で、過去に命を落とした人はいないらしいこと etc…
を説明しつつ、いよいよ当日を迎えた。

前日はゆっくり休もうと考えていたのだが、遠足の前日のワクワクする様な気持ちで過ごしなかなか眠れずにいた。当日は昼食も普通に食べてもいいと聞いていたので、少し勢いをつけようと思い、たっぷり食べ分院へついた。それからは、そのときが来るのがとても待ち遠しくて早く順番が来ないかなぁと考えていた。

手術前に、薬の説明等をうけ、いよいよ名前が呼ばれる。

“ハイハイハ〜イ!私はここで〜す!”と両手を挙げて走り出したい気持ちを抑え、いたって平静を装い澄まして準備室へ入った。帽子をかぶりマスクをかけガウンを着ると、まるで私の方が施術者のようであった。名札をつけてもらうあたりからさすがに少し緊張してきたのだが、まさかここで「やっぱりやめておきます」なんて言えんだろうと思い、とりあえずおとなしくしておいた。私の頭の中では「メス!」「ハイ」「鉗子!」「ハイ」等と私の知る限りでの手術の光景が繰り広げられたが、残念ながらそんな言葉は一度も聞かなかった。

手術室へ入り(あまり詳しくは書くまい)出てくるまで、私にとっては使用前→使用後の広告のように美しく生まれ変わったような気分にすらなった。術後は数分おきに点眼をするため、待合室のゴージャスなソファに腰掛けていたのだが、直後であるにもかかわらず、今で十分見えるので、日毎に良く見えるようになるのが申し訳ないような、もったいないような…、そんな気分だった。痛みはというと、すごーく痛いことはなく、タマネギのみじん切りをした手で誤って両目をこすった位(分かっていただけますでしょうか?)の痛みで、鼻水が出るのが少しかっこ悪かった。そんな感じが帰宅途中(日南へ)まで少し続いていたが、家へつく頃はまったく大丈夫になっていた。その日は、さすがに子供と同じ布団で眠るのは少し怖かったため、一人でゆっくりと別室で眠らせて頂いた。翌朝は目脂もまったくなく、いきなり時計が見えたので、思わずメガネをかけたまま眠ってしまったと思ってしまった。

術後は翌日、3日目、1週間目…と通院する必要があり、仕事を持っていらっしゃる方は少し大変かな?と思わないでもないが、それもメガネ・コンタクトとおさらばできることを考えれば仕方ないような…。私の場合は、週休と有給等を利用したが、勤務先のスタッフには知られていない。その後、夫の知人等から手術について色々聞かれるが、私にしてみれば何をそんなに迷うのだろうと不思議でならない(余計なお世話かも…。)とにもかくにもこの夏、約20年ぶりに海水浴に3度行き、オーシャンドームや大分のアクアビートへも行き、メガネもコンタクトも要らないこのおめめ最高〜!!叫ばずにはいられない。

(31歳 女性)

上へもどる

裸眼で物がよく見えるこの感動を是非多くの方に味わってほしいです(LASEK手術)

以前から矯正手術のことは知っていました。しかし私は31歳にしてコンタクト歴20数年という強い近視で、“私の目にはクラウン1台分はかかった”と両親が言うほど、いろんなことを試すものの悪くなる一方でした。子供が生まれましたので、自分の子供には同じように不自由な思いはさせたくないから、手術をさせよう・・・このぐらいの気持ちでいました。それが新城眼科での検査の結果、私でも回復の見込みがあるとのこと。迷わず即決しました。

今思えばあっという間でしたが、手術までの3週間を裸眼で生活しなければならなかったことが一番つらかったです。その期間で改めて目が良くなりたいと強く願いましたし、術後“パッ”とよく見えたときの感動はとても大きいものでした。

手術前に同じ術式を受けた方の体験談を聞けなかったこと、全身麻酔ではないので術中見えていることが不安でしたが、出産した時のことを思えば痛み止めの薬も飲めることだし・・・と先生にすべてをお任せしようと落ち着いて手術日を迎えることができました。

当日、術前にいくつかの薬を飲み、手術室に入るとグリーンのオペ服を着た看護士さんがいらっしゃって(それまで院内でお見かけしなかったのでちょっとびっくり!)目の洗浄から始まりました。そしていよいよの時、スタッフの方が誘導してくださり、術中も声が聞こえていましたのでとても安心しました。術中の痛みは無いのですが“ジリジリ”と焼けるような音とにおいがしていました。術後は痛いというよりはしみて目が開けられませんでしたが、検査後家に戻り、PM6:00にピタッと止まったのを覚えています。

強度の近視でそれほど回復は期待できないと言われていましたが、3ヶ月たった今、両眼とも1.0以上よく見えています。夜中に子供の顔がよく見えること、いつでも眠れること、先生、スタッフの方、そして支えてくれた家族に感謝しています。

裸眼で物がよく見えるこの感動を是非多くの方に味わってほしいです。世界が変わりますよ!

(32歳、女性)

上へもどる



眼のしくみLASIKの歴史と意味LASIKの器械装置手術までの手順手術の適応・検査・術後
LASIKの手術PRKの手術Epi-LASIKの手術Wavefront LASIKの手術各手術の違い
手術費用について手術体験談手術成績ドクター紹介Q&Aお問い合わせトップページ